……… 山の本倶楽部 ………

山行報告

奥只見・平ヶ岳

「長大な鷹ノ巣尾根から湿原の山頂へ」
日程 = 2014年9月14日~15日 参加者 = 6名

 これは度重なる試練を乗り越えて山頂に立った、6人の魂の記録である。

(BGMは中島みゆき「地上の星」をハミングしながらお読み下さい)

 前夜、高尾からワゴン車で発ち、小出のいつもの東屋で仮眠する。ところが、まだ夏の名残なのか蚊にうるさくまとわりつかれて私は熟睡できず、これが試練その一であった。そして丑三つ時、幅の狭いベンチに寝ていたリーダーがドスンと落ちた(試練その二)。これがその後の恐ろしいドラマの始まりだったとは……、いま思い返すと背中に寒気が走り、ニッと笑みがこぼれる。

 14日、朝6時に小出駅で一井さんを待っていると、和田さんが突然「私、これから帰ります」と言った(試練その三)。一同びっくり。家にいる猫が体調悪く、和田さんがいないと面倒が見られないとか。

 一井さんを乗せた車は、快晴の下、シルバーラインを走り抜け、銀山平から湖岸をくねくねと疾走して行く。もう幾度カーブを曲がったか数えきれない。夕べの睡眠不足から私は車酔いしてしまい、鷹ノ巣登山口に着くと嘔吐した(試練その四)。

 準備体操をして、カンカン照りの残暑厳しい中、我々6名は勇躍8時半に出発した。が、1時間も登らないうちに私は熱中症に罹ってしまい、戦戦離脱を余儀なくされ「ここから引き返します!」とギブアップ宣言した(試練その五)。炎天下で腰を下ろし、放心状態でうなだれていると、5年越しの平ヶ岳への想いがガラガラと崩れ去っていった。ところが、小泉さんの励ましと古賀さんのやさしさに救われた。彼女はわざわざ私を迎えに下りて来て、「こんな炎天下にいたら本当に参ってしまうわよ」と言い、私のザックを後ろから押し上げてくれた。彼女の姿が天使に見えた。大きな松の木陰で休んでいた皆に合流すると、リーダーが「ここで2時間昼寝しましょう」と言った。この英断による休憩(実際は1時間で済んだ)が私に体力と活力を与えてくれ、復活することができた。(リーダーの弁:テント場に夕暮れの5時半に到着するにはここを11時半に出発すれば良いと逆算した)

 休憩中にサブザックの夫婦が下りて来た。「ずいぶん早いですね」と誰かが言うと、「今日は引き返して、明日出直します」とのこと。この猛暑に参ったのは我々だけではなかったようだ。

 下台倉山へ向かって尾根を登って行くと、小泉さんの右足の登山靴の底がパックリと剥がれてしまった(試練その六)。古賀さん持参の針金と紐で縛り、応急処置をして何とか難を回避した。

 台倉山の稜線を縦走中、大きな蝮がとぐろを巻いており(試練その七)、一向に道を譲る気配がなく、その背後を恐る恐る通過したが、幸い噛まれることもなく一安心した。これから向かう池ノ岳と平ヶ岳が遙か彼方に望まれ、あんなに遠いのかとため息が出る。

 台倉山から台倉清水へ一旦下り、鬱蒼とした原生林を緩やかに登って下ると白沢清水に着いた。ここの冷たい湧き水は疲れた身体の隅々に染みわたる美味しい水で、これこそ甘露ではないかと実感した。これで我々は甦り、平ヶ岳に立てると確信した。(ここもBGMは中島みゆきの「地上の星」)小泉さんは腹一杯飲んで、「お腹がタッポンタッポンしている」と笑って言った。

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白沢清水の湧水で我々は生き返った

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眼前に池ノ岳が見えてきた。あとひと頑張りだ

 池ノ岳(姫ノ池)に至る急登を苦しい息を吐きながら1時間かけて登り、やっと姫ノ池に着くと、テントを張る予定の場所は2つとも既に先行パーティに使用されており、少し離れた水場の近くにテントを強風の中で張った(5時半)。幾多の苦境を乗り越え、予定通りにテント場に着いた充実感に包まれ、強風にテントがあおられても、宴は楽しくいつまでも話はつきなかった。

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夕刻に池ノ岳に達し、姫ノ池から平ヶ岳を望む

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「これ美味しいよね」「どうにかここまで来られたわね」

 15日、5時に起床すると、小雨模様だが視界は良好で山がはっきり望まれる。朝食抜きで5時半に平ヶ岳に向けて出発した。

 途中で遙かに見える銀山湖をバックに記念写真を撮ったり、美しい景色に足を止めたりして、6時に山頂に着いた。苦労して登った平ヶ岳からの展望に心奪われる。正面(南東)に燧ヶ岳、その後ろに日光の山々、そして皇海山が右に控えている。さらに奥白根山が垣間見られたが、すぐに小雨けむる雲の中に消えてしまった。

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翌早朝に平ヶ岳へ向かう。振り返ると池ノ岳が見えた

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幾多の困難を乗り越えて平ヶ岳に立った

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平ヶ岳付近から奥利根の山々を望む

 山頂標識の先にも木道が続いているので進むと、歩くこと10分で立て看板「この先行き止まり」があり、池塘の先に奥利根の山々が望めた。テント場に戻ってから3人が玉子石を見に出かけた(往復30分)。

 テントをたたみ、7時40分に下山開始。雨足が強くなってきたが、登った充実感がそれに勝り、6人は力強く一歩を踏みだした。

 姫ノ池からの展望を頭に刻み込み、少し下ってから平ヶ岳に別れの挨拶をして下って行くと、小泉さんが「ザックにくくり付けたフライシートが無い!」と叫んだ(試練その八)。探しに登り返すこと15分、平ヶ岳が最後に見えたところに落ちていたそうだ。

 雨に濡れて道も木道も滑りやすく、多羽田さんが二度も木道で滑って尾骨を打つはめになった(試練その九)。その後は慎重に足を運び、本降りの中を下っていると、今度は小泉さんの左足の登山靴の底が剥がれてしまった(試練その十)。この時はリーダーのナイフに付けていた紐を外して靴底を縛って対処した。

 台倉山から下台倉山へ向かっている時に、先頭を歩いていた一井さんが倒木に額をもろにぶつけ、倒木から突き出た枝が刺さって眉の上から出血する(試練その十一)。血が止まったのを確認してから大きいバンドエイドを貼って処置した。一井さん曰く、「この尾根はヘルメット必携だ!」。

 しばらくすると前坂が近づき、急傾斜の岩場が連続するのでリーダーが先頭に立った。ロープが固定された数カ所を慎重に注意しながら一歩一歩下って行く。危険箇所を過ぎて傾斜が緩くなった辺りで小泉さんが派手に一回転した(試練その十二)。靴底を縛っていた紐(針金)がからんで足でもつれたようだ。片側が崖でなくて良かった。そんなこんなで14時半、無事に登山口に下山したのだった。

 平ヶ岳に登頂し、下山した過程を振り返ると、色々なアクシデントが我々に降りかかりました。熱中症になった人を励ましたり、靴底の応急処置をしたり、負傷した人の手当をしたり、そんな我々の面倒を見てくれた古賀さんも大変でした。ありがとうございました! またリーダーの的確な指示判断で、我々一同、無事登山を終えることが出来ました。感謝いたします。

(Toshiaki S・記)

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